暗号資産の価格操作「Zaifでフィスココインに何が起きたのか ?— 課徴金勧告の中身」

フィスコとクシムの虚偽記載問題をめぐり、Zaifでのフィスココイン価格操作の実態、会計処理の不備、監視委による課徴金勧告の背景をわかりやすく解説。仮想通貨市場の規制空白やガバナンス課題、投資家が押さえるべきリスクまで整理し、事件の全体像と影響を理解できます。
2025年12月5日、証券取引等監視委員会(以下「監視委」)は、フィスコおよびクシムに対し、有価証券報告書並びに四半期報告書に「虚偽記載」があったとして、金融庁へ「課徴金納付命令を出すよう」勧告した。
問題の核心は、両社が保有する「暗号資産(仮想通貨)」の評価損を適切に会計処理せず、帳簿上の資産を実態よりも過大に見せていたことにある。
特に注目されるのが、フィスコの独自コインであるフィスココイン。市場価格が取得原価を下回る事態にもかかわらず、減損を回避。さらに、当時の役員らが別の仮想通貨取引所Zaifを使って同コインの売買を繰り返し、「人為的に価格を吊り上げ」た形跡が、監査で確認された。これにより、実際の市場価値より高い約398円(操作後の値)を帳簿価額に用いていたという。
また、たとえ市場での取引量が激減し、仮に換金が困難な状況に陥っていたとしても、資産を「ゼロ」に切り下げず、そのまま維持し続けていた。実態を覆い隠すための「見せかけ」の資産計上だった可能性が高い。
監視委の調査結果を受け、フィスコには1500万円、クシムには1200万円の課徴金が見込まれている。両社ともに不正を認め、決済や法的争いを避ける方針を示しており、クシムは声明を出して指摘事実を認めた。
背景 — なぜ「仮想通貨 × 会計不正」が起きたか
自社コインの存在とバランスシート上の誘惑
フィスコのように、自社で仮想通貨(自社コイン)を発行・保有している企業にとって、それは「資産」として帳簿に載せられる対象となる。このため、価格が高ければ見せかけの資産価値を増やせる。特に、仮想通貨市場は値動きが激しく、評価損の計上タイミングや価値の算定基準の恣意性を悪用すれば、資産を膨らませやすい――。
監査・開示の盲点、制度の隙間
今回のような事例は、仮想通貨の「相場操縦」と「会計不正」の両面が絡んでいるにも関わらず、処分の根拠が「相場操縦」そのものではなく、あくまで「有価証券報告書の虚偽記載」である点が重大だ。実際、現在の法律体系では、仮想通貨市場における不公正取引(価格操作など)に対して、監視委が直接処分を加える権限を持っていない。つまり、仮想通貨取引に関しては、規制の「空白地帯」が存在していた。そのため、今回のように「帳簿価値」を偽装する手法が、不正として摘発される可能性が見過ごされていた――。
意義と波及 — なぜこの事件は重要か
仮想通貨の“自浄作用”と制度改正の契機
今回の勧告は、日本において「仮想通貨の相場操縦が実質的に認定された」希少なケースであり、仮想通貨市場の健全化にとって試金石となる。
しかも、処分対象が「虚偽記載」という会計・開示面であったため、相場操作そのものではなく、報告のあり方にメスが入った。これは、単に個別企業の不正を訴えるに留まらず、仮想通貨交換業者やコイン発行企業に対する「開示義務や監督強化」の議論を一段と促進する可能性が高い。実際、報告によれば、金融庁では仮想通貨取引に対しても課徴金を直接科せるような制度整備を検討し始めている。
投資家・市場参加者への警鐘
自社コインを持つ企業が、見かけ上の「資産価値」を粉飾していたとなれば、他の仮想通貨発行体や取引所においても同様のリスクが潜在する。特に、自己発行コインの価値を自社取引所で操作するような構造を持つ企業に対しては、慎重な分析が求められるだろう。
また、仮に同種の不正が多数に広がれば、仮想通貨全体の信頼性や市場の評価自体が揺らぎかねない。
コンプライアンス、企業統治(ガバナンス)への要求の強まり
今回の事案では、旧経営陣によるガバナンス機能不全が指摘されており、クシム自身もそれを認めている。
これを契機に、仮想通貨事業者における内部監査やリスク管理、透明な報告体制の整備が強く求められるだろう。特に、取締役会の独立性、関連当事者取引の開示、資産評価の妥当性確認などが、中長期の信頼回復に欠かせない。
限界と課題 — ただし“万能な抑止”にはならない可能性
処分が軽微であるという印象のリスク
課徴金額は、フィスコ1500万円、クシム1200万円と報じられており、企業規模や過去の不正額と比べれば、かなり軽微であるとの見方もある。
このため「過ちへの対価」としてはインパクトが弱く、同様の不正抑止力としてどこまで機能するかは疑問だ。
規制制度の空白と法制度整備の難しさ
前述の通り、現行法では仮想通貨の価格操作そのものに対する直接的な制裁制度が十分に整備されていない。今回のように「会計・開示」の側面から対応したとしても、あくまで“抜け穴”を突いたものであり、制度設計としては根本的な解決にはなっていない。
法改正を伴う監督強化や、仮想通貨取引所や発行体に対する新たな開示義務の導入などが慎重に議論される必要がある。
信頼回復には長期的な時間と第三者監査の徹底が必要
今回処分を受けた企業だけでなく、同業他社含めて透明性やガバナンスの改善が求められる。単なる帳簿修正や決算のやり直しだけではなく、外部監査、内部管理体制の抜本見直し、市場への再発見可能な報告の義務づけが重要だ。
だが、それには時間がかかる。仮想通貨市場のスピードやボラティリティを考えれば、制度と実務のギャップが残る可能性は高い。
結び — 監督の「転換点」に
フィスコとクシムの今回の問題は、仮想通貨市場における「価格操作 × 会計不正 × 不十分な規制制度」の脆弱性をあぶり出す事件である。
その意味で、単なる“企業の不祥事”にとどまらず、日本の仮想通貨業界全体にとって、コンプライアンスと透明性確保のための転換点になり得る。今後、金融庁や立法府が制度をどう整備するか、また市場参加者がどのように信頼回復に取り組むかが注目される。
同時に、投資家や市場関係者にとっては、単なる“時価の魅力”ではなく、「発行体の信頼性」「内部統制」「開示の透明性」といった“背後の構造”を見極める重要性が、これまで以上に高まったことを示している。
この事件を契機に、仮想通貨の世界がより成熟したものになるか──それは今後の規制の動向と事業者の姿勢にかかっている。
【追記】フィスコは金融情報の“看板”を守れるか
信頼の毀損と「抜本的改革」か「市場からの退場」か
今回の課徴金勧告は、単なる一企業の不正を超え、フィスコというブランドそのものの信頼性を揺るがす重大事案である。なぜならフィスコは、1995年創業以来「株式分析」「金融情報提供」「市場予測」といった“情報の信頼性”を本業の根幹としてきた企業であるからだ。
投資家にとってのフィスコとは、「数字を読み解く専門家」「市場を冷静に分析するプロ集団」というイメージがある。それだけに、今回明らかになった“意図的な評価操作”は、フィスコブランドの「信用力」を根本から傷つける内容であった。
金融情報企業が「価格操作」に関与した深刻さ
金融情報業とは、企業決算や市場データを分析し、公正な情報を投資家に向けて発信する産業である。そのプレイヤーが、自社で発行した暗号資産の価格を操作し、それを基礎として帳簿価値を不正に引き上げていた。
これは、金融情報企業としては“最も重い裏切り”の一つといえる。
投資家は、フィスコが提供するレポートや市場予測に対して「一定の倫理基準」「情報の中立性」を期待してきた。仮想通貨市場という比較的未整備な領域であっても、金融情報のプロとしての姿勢が保たれていることが前提だった。しかし、その前提が覆された形だ。
特に問題なのは、フィスコが「価格の恣意的操作に関与した」と認定され、その後の会計処理においても適正な判断を行わなかったという点である。これは単なる経営判断の誤りではなく、情報企業としての倫理感覚の欠如を示すものだ。
市場は「一度失った信頼」を簡単には戻さない
歴史を振り返れば、金融・情報関連企業が不正に手を染めた際、市場はしばしば厳しい反応を示してきた。
レーティング会社が格付けの透明性を欠いた際には世界的な批判が巻き起こり、過去にはいくつもの企業が信頼を失ったまま衰退していった。
フィスコも同じ道を辿る可能性は決して低くない。
信用とは、商品の価格や売上以上に、金融・情報企業の価値そのものを左右する基盤である。信用を失った企業の分析レポートを、果たして投資家が読もうとするだろうか。
今回の件が「たまたま暗号資産部門だけの問題」と投資家が受け取る可能性はある。しかし、「フィスコは自社の資産評価すら公正に扱えない」という印象が残れば、同社の金融情報事業全体に影響が及ぶのは避けられない。
フィスコが生き残るために必要な“3つの改革”
それでは、フィスコは「市場からの退場」を避けるために何をすべきか。
以下は最低限の条件になると考える。
① 暗号資産事業の構造改革、または撤退
自社コイン発行と金融情報事業を同じ組織が同時に担うことは、構造的な利益相反を招きやすい。
市場の信頼回復を重視するなら、暗号資産ビジネスの抜本的な改革、または撤退も検討すべきだろう。
② 経営陣の刷新と第三者によるガバナンスの強化
旧経営陣による判断が問題の核心であった以上、経営体制の刷新は不可避だ。
外部監査、指名報酬委員会の透明化、社外役員の強化など、ガバナンス改革を市場は求めている。
③ 情報・会計プロセスの“可視化”
情報提供企業として、どのようにデータを扱い、どのように判断基準を設定しているのか。
その内部プロセスを透明化し、投資家が厳しくチェックできる仕組みを整える必要がある。
これらの取り組みを早急に進めなければ、フィスコは金融情報業界でのポジションをさらに失いかねない。
フィスコは“退場”するのか、それとも“再生”するのか
結論として、フィスコは今回の問題によって一気に「退場」するとは考えにくい。しかし、「市場からの信用の大幅な失墜」という深刻なダメージを受けたのは事実であり、放置すれば退場に向かう可能性は十分にある。
金融情報企業にとって“信用”は唯一の資源だ。
その信用が揺らいだ今、企業としての真価が問われている。
改革に踏み切り、痛みを伴う再建を実行できるか。
それとも、過去の不備を最小化しようとして、いずれ市場から見放されるのか。
フィスコは、まさに歴史的な分岐点に立たされている。



