石破政権後の展望のWeb3政策、JPYCなどステーブルコインの未来

石破茂首相が9月7日に辞任を表明し、昨年10月の首相就任から1年足らずの退陣表明となった。これは岸田政権に続く連続的な政権交代であり、日本のWeb3政策にとって極めて深刻な事態を意味している。

平将明大臣がデジタル庁で推進してきた暗号資産・JPYCステーブルなどコインのマスアダプション化戦略は、今や政治的な後ろ盾を完全に失った状況にある。
宏池会政権下で築かれた政策基盤は、石破政権の短命化によってさらに不安定化し、次期政権における政策継続性には大きな疑問符が付いている。

平大臣の発言から見えてきたのは、彼のWeb3戦略が単なる技術政策ではなく、「デジタル立国」への国家的野望の体現だったということだ。

しかし、政権基盤の脆弱性が露呈した今、この野心的なビジョンは根本的な見直しを迫られることになる。

石破首相は米国との関税交渉の合意を辞任の最大の理由として挙げ、「一つの区切りがついた」と説明したが、実際には7月の参院選大敗を受け、自民党内で総裁選前倒し要求が拡大し、現職閣僚にも前倒し賛同者が出て、政権運営が立ちゆかないと判断したのが真相である。

この政治的混乱の最大の犠牲者の一つが、Web3政策の継続性だった。

平大臣が積極的に進めてきた資金決済法の改正案検討や、暗号資産を金融商品取引法の規制下に置くといった制度設計は、政権の早期終焉によって宙に浮いた状態となった。

特に深刻なのは、自民党のweb3ワーキンググループが金融商品取引法に仮想通貨として独立して位置づけ、株式や債券といった有価証券とは別に規定するという画期的な提言が、政治的推進力を失ったことだ。

この提言は平大臣の強力なリーダーシップがあってこそ実現可能だったものであり、彼の影響力低下は政策実現への大きな障壁となる。

石破政権後の総裁選において、Web3政策に対する各候補者のスタンスを分析することが不可欠である。

現時点で浮上している主要候補者の中で、Web3に対して明確な政策ビジョンを持つ人物は極めて限定的だ。

従来の自民党主流派は、Web3を「リスクの高い投機的技術」として捉える傾向が強い。

特に金融庁出身の政治家や、保守的な経済政策を志向する議員からは、平大臣が進めてきた規制緩和路線に対する懐疑的な見方が表面化している。

一方で、自民党デジタル社会推進本部や金融調査会は暗号資産の取引に係る損益を申告分離課税の対象とすることや、暗号資産デリバティブ取引も同様に申告分離課税の対象にすることを提言しており、党内にはWeb3推進派の基盤は残存している。

しかし、これらの政策提言を次期政権が継承するかは、総裁候補者の政治的信念と政権運営方針に大きく依存する。

現在のところ、平大臣ほど明確にWeb3を国家戦略の中核に位置づける政治家は見当たらない。

政権交代は、官僚機構内のパワーバランスにも大きな変化をもたらす。

平大臣の下でWeb3政策の主導権を握りつつあったデジタル庁に対し、金融庁や経済産業省は従来の影響力回復を図ろうとしている。

金融庁は一貫して暗号資産に対して慎重なスタンスを維持してきた。

同庁幹部との非公式な意見交換では、「投資家保護を最優先に、段階的な規制緩和を進めるべき」との声が多い。

これは平大臣が志向していた「大胆な規制改革による国際競争力向上」とは対極的なアプローチである。

経済産業省は産業振興の観点からWeb3に積極的だが、同省のWeb3政策は製造業やエネルギー分野での活用に重点を置いており、金融面での革新には相対的に関心が薄い。

次期政権下では、経産省主導の実用的なWeb3活用が優先される可能性がある。

この省庁間の思惑の違いは、次期政権におけるWeb3政策の方向性を大きく左右することになる。

統一的なビジョンの欠如は、政策の一貫性を損なう重大なリスクとなっている。

国際的にはWeb3政策が加速している。

米国ではトランプ大統領が暗号資産のステーブルコインの普及を目指すジーニアス法案に署名し、成立したことで、ステーブルコインを軸とした金融イノベーションが本格化している。

欧州連合（EU）もMiCA（Markets in Crypto-Assets）規制の施行により、明確な規制枠組みの下でWeb3ビジネスの育成を図っている。中国は国家デジタル通貨（DCEP）の実用化を進め、ブロックチェーン技術の国家戦略への組み込みを加速している。

こうした国際情勢の中で、日本の政治的混乱と政策停滞は致命的な遅れをもたらしている。特に、アジア太平洋地域におけるWeb3ハブとしての地位を築く好機を逸している状況は深刻だ。

次期政権は、この国際的な遅れを取り戻すために相当な政治的エネルギーを投入する必要があるが、短期政権の連鎖により政策の継続性への疑念が高まっている現状では、海外投資家や企業の信頼回復は容易ではない。

日本のWeb3業界は、相次ぐ政権交代により深刻な政策不安を抱えている。

web3ホワイトペーパー2024の提言には、暗号資産発行企業等の会計監査の機会確保、DAOの活用促進、パーミッションレス型ステーブルコインの流通促進など包括的な内容が含まれていたが、これらの実現見通しは不透明化している。

特に深刻なのは税制改革の停滞である。

暗号資産取引に関する損益は、暗号資産同士を交換したタイミングでは課税せず、保有する暗号資産を法定通貨に交換した時点でまとめて課税対象とすることという提言は、業界にとって死活問題となる重要な改革だった。

この政策実現の遅れにより、多くの日本企業が海外移転を検討し始めている。

シンガポール、香港、ドバイなどのWeb3ハブへの流出は加速しており、国内のエコシステム空洞化が現実的な脅威となっている。

業界関係者との意見交換では、「政治的安定性の欠如が最大のビジネスリスク」との声が多い。

平大臣のような強力な政治的推進者の不在は、業界全体の成長戦略に根本的な見直しを迫っている。

一方で、政治的混乱の中でも継続する可能性が高いのが、地方創生とWeb3の連携である。この分野は特定の政治家に依存せず、地方自治体の主体的な取り組みとして展開されているためだ。

ブロックチェーン技術を活用した地域通貨の実証実験、NFTによる地域観光資源の価値化、DAOを活用した住民参加型まちづくりなどの取り組みは、中央政治の混乱とは一定程度独立して進行している。

これらの地方レベルでの実践は、次期政権に対してWeb3技術の実用性を示す重要な事例となる可能性がある。政策提言の際には、こうした具体的な成功例を前面に押し出すことが効果的だろう。

次期政権におけるWeb3政策の方向性について、私は以下の3つのシナリオを想定している。

シナリオ1：大幅縮小・現状維持路線
保守的な総裁が選出され、Web3政策は「リスク管理重視」の方針の下で大幅に縮小される。平大臣時代の積極的な政策提言は棚上げされ、金融庁主導の慎重な規制運用が継続される。この場合、日本のWeb3業界は長期的な低迷を余儀なくされる。

シナリオ2：選択的継承・実用重視路線
現実主義的な総裁の下で、平大臣の政策のうち実効性の高い部分のみが継承される。税制改革は限定的に実施され、地方創生や産業DXでのWeb3活用に重点が置かれる。最も可能性の高いシナリオである。

シナリオ3：政策復活・積極推進路線
Web3に理解のある総裁が選出され、平大臣の路線を基本的に継承する。国際競争力の観点から政策が復活し、包括的な制度改革が推進される。可能性は低いが、実現すれば業界には大きな追い風となる。

岸田政権から石破政権への短期間での政権交代、そしてその石破政権の早期終了は、日本のWeb3政策にとって深刻な打撃となった。

平大臣が築き上げた政策基盤は大きく揺らいでおり、次期政権における政策継続性は極めて不透明である。

しかし、この危機は同時に再構築の機会でもある。

政治的な思惑に左右されがちだったWeb3政策を、より堅実で持続可能な形で再設計する契機として捉えることも可能だ。

業界にとって必要なのは、特定の政治家への依存から脱却し、超党派的な政策基盤を構築することである。

地方創生での実績、産業界での具体的成果、国際競争力の観点からの必要性など、政権が変わっても揺らがない政策根拠を積み重ねることが重要だ。

次期政権がどのような政治的色彩を持とうとも、Web3技術の社会実装は不可逆的な流れである。

政治的混乱を乗り越え、真に日本の競争力向上に資するWeb3政策の再構築に期待したい。平大臣の理想は一時的に後退するかもしれないが、その本質的な価値は必ず再評価される時が来るはずだ。

この困難な時期こそ、業界の真価が問われる正念場だと感じている。

政治の安定化と共に、持続可能なWeb3政策の基盤構築に向けた取り組みを注視していきたい。