前代未聞の事態!Paxosが$300兆ドルのPYUSDを誤発行、22分で消滅:ステーブルコインのガバナンスに警鐘

PaxosがPayPal USD(PYUSD)を誤って300兆ドル発行し、わずか22分で全量を焼却。ステーブルコイン市場を揺るがせた前代未聞の事件は、集中管理型発行体のリスクと内部統制の脆弱性を浮き彫りにした。迅速な対応の裏で問われる、ガバナンスと分散型金融(DeFi)への影響とは。
ステーブルコイン市場で主要なプレイヤーであるPaxos Trust Company(パクソス・トラスト・カンパニー)が、10月16日に暗号資産業界の歴史に刻まれるであろう前代未聞の技術的ミスを犯した。同社が発行するPayPal USD(PYUSD)を、内部的なオペレーションミスにより、なんと300兆ドルに相当する量が誤って鋳造(ミント)したことが、オンチェーンデータによって明らかになった。
この天文学的な金額は、世界中の投資家、規制当局、そしてDeFi(分散型金融)プロトコルを一時的に震撼させたが、Paxosは驚異的なスピードで対応。発行からわずか22分後には、過剰なPYUSDの全量を焼却(バーン)し、市場への混乱を防いだ。しかし、この「22分間の$300兆ドル」事件は、成長を続けるステーブルコインセクター、特にその発行における集中管理のメカニズムと内部統制の脆弱性について、深刻な議論を巻き起こしている。
第1章:事件の全貌—「世界のGDPの2倍超」がブロックチェーンに出現
今回の誤発行事件は、世界協定時(UTC)の午後7時12分頃にイーサリアムブロックチェーン上で発生した。ブロックチェーンエクスプローラーのEtherscanのデータは、Paxosのホットウォレットの一つから、一気に300,000,000,000,000 PYUSD(300兆ドルに相当)が鋳造されたことを示している。
この300兆ドルという数字の規模を理解するには、いくつか比較が必要だ。国際通貨基金(IMF)の最新データに基づく世界の年間名目GDPの総計が約117兆ドルであることを考えると、Paxosが誤って生み出した金額は、全世界の経済活動の総計の2.5倍以上に達する。また、全米で流通している現金総額(約2.4兆ドル)の125倍、そして執筆時点での全ステーブルコイン市場全体の時価総額(約3,000億ドル)の約1,000倍にもなる。
専門家の間では、このエラーの原因は、発行プロセスにおける小数点以下の入力ミス(Decimal Error)、いわゆる「ファットフィンガー(Fat-Finger)」が最も有力視されている。Paxosが例えば3億ドルを発行しようとした際に、トークンの小数点以下の桁数指定を誤り、結果として300兆ドルになってしまった可能性が高い。PYUSDは6桁の小数を採用しているため、オペレーション上のヒューマンエラーが巨大な結果を生んだと推察される。
第2章:迅速な「火消し」とブロックチェーンの透明性
幸いにも、この事態はオンチェーン上で即座に検知された。ブロックチェーンの普遍的な透明性という特性が、危機的な状況を救う形となった。データが公開された瞬間に、主要なオンチェーンアナリティクス企業や熱心なコミュニティメンバーが異常なトランザクションを指摘。
Paxosは直ちにエラーを特定し、発行からわずか22分後の午後7時34分頃(UTC)に、過剰に鋳造された300兆PYUSDの全量を、秘密鍵のないアドレス(Burn Address/アクセス不可能なウォレット)に送付した。これにより、当該トークンは永久に流通から隔離され、焼却が完了した。
Paxosはその後、公式ソーシャルメディアアカウントで次の声明を発表した。
「午後3時12分(米東部時間)に、内部転送の一環として誤って過剰なPYUSDをミントしてしまいました。Paxosは即座にエラーを特定し、余剰分をバーンしました。これは内部的な技術的エラーであり、セキュリティ侵害ではありません。顧客資金は安全です。原因はすでに修正しました。」
この透明性のある迅速な対応は、市場がパニックに陥ることを防いだ。事件発生後もPYUSDはドルペッグを維持したが、Nansenのデータによれば、価格は一時的に約0.5%下落するなど、瞬間的な動揺は避けられなかった。
第3章:集中型発行体の「権限」とDeFi市場の動揺
今回の事件は、ステーブルコインの発行体が持つ強力な集中管理権限について、改めて深刻な問題を投げかけた。PYUSDはニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)の規制下にあるPaxosが発行しており、1:1の米ドル裏付けが保証されている。しかし、今回の誤発行は、裏付け資産(担保)の確認とは関係なく、技術的な操作ミス一つで、世界の金融システムを揺るがしかねない量のトークンが瞬時に「無から」生み出されてしまう現実を露呈した。
この事態を受け、分散型金融(DeFi)プロトコルは即座にリスク管理の体制を敷いた。特に、主要なレンディングプラットフォームであるAaveでは、Chaos Labsの創設者であるオマー・ゴールドバーグ氏が、予防措置としてPYUSD市場の一時的な凍結を発表。AaveのようなDeFiプロトコルは、トークンの価格や供給量に異常な変動があった場合、担保リスクを防ぐために市場を停止するメカニズムを有しており、今回はそれが発動された格好だ。この対応は、集中型発行体のオペレーションミスが、広範なDeFiエコシステムに連鎖的な影響を及ぼすリスクを浮き彫りにした。
第4章:規制当局の視線と今後の課題
Paxosは、すでに米国通貨監督庁(OCC)への全米銀行チャーター(連邦銀行免許)の申請を行っている。今回の事件は、世界でも最も厳格な規制機関の一つであるNYDFSの監督下にある企業でさえ、内部エラーが発生し得ることを示しており、Paxosの連邦レベルでの免許審査において、内部統制とガバナンスに対する厳しい目が注がれることは必至だ。
この事件は、ステーブルコインに対する規制の議論を再び活発化させるだろう。業界内外から、リアルタイムの準備金証明(Proof-of-Reserve, PoR)の必要性を求める声が再燃している。Chainlink(チェーンリンク)のPoRのような分散型メカニズムを導入することで、発行体がトークンを鋳造する際に、対応する裏付け資産が実際に存在することをオンチェーンで検証する仕組みが、将来の誤発行を防ぐための有効な解決策として注目されている。
結論として、Paxosの迅速な対応により、市場パニックという最悪の事態は回避されたものの、今回の300兆ドル誤発行事件は、ステーブルコインの安定性と信頼性を維持するためには、単なる規制だけでなく、技術的な冗長性(リダンダンシー)と厳格なオペレーション管理が不可欠であることを示す、歴史的な警告となった。暗号資産業界全体は、この「22分間の300兆ドル」の教訓を、システムの進化に活かすことが求められている。