アバターは「新しい自分」? -VR上での「自分探し」
VR空間で使用するアバターは、私たちに大きな心理的影響を与えると考えられています。一体私たちにどのような変化をもたらすのでしょうか? 本記事では、メタバース上でのアバターが与える心理的な変化について解説していきます。
アバターって、そもそも何ですか?
簡単にいえば、自分の「分身」のことです。
私たちがweb上でゲームや何らかのサービスを使う際に、サービス側から用意されたキャラクターを操作することがあると思います。
そういったキャラクター全般を一般的に「アバター」と呼びます。
それだけではなく、遠隔操作で自分の意のままに動かせるロボットも「アバターロボット」と呼ばれることもあります。
画面上のキャラクターとロボット、という違いはありますが、どちらも自分ではないものを動かしているという点で同じです。
つまり、アバターとは「私たちの思った通りに動いてくれる、私たちと異なる外見を持つ存在」といえるでしょう。
メタバースでは、私たちはVR空間上で3DCGのアバターを好きなようにカスタマイズして、そのアバターとして生活することができます。
そうして作った「新しい自分」での生活が、現実では得られなかった新たなアイデンティティの獲得に繋がるかもしれないのです!
VRやメタバースに関してより知りたいという方は、こちらの記事も併せてご参照ください!
VRアバターは特別?
そもそも、VRアバターとそれまでのアバターはどうちがうのでしょう?
普段アバターを使っていて、これを「自分だ!」と思う機会はそう多くないでしょう。
使用しているアバターに合った振る舞いをする際も、それは演劇のように意識的に行われている側面が多いと思われます。
それを「新しい自分」と表現できるのかは微妙なところです。
また3DCGのアバター自体はゲームでしばしば使用され、キャラメイクの選択肢は非常に豊富なものとなっています。とはいえ、それも「新しい自分」にはなりえないでしょう。
ですが、近年では『メタバース進化論』という本が発売され、VR上での人々の生活に関するデータとその分析が行われました。
そこでは「新しい自分」としか言えないような様々な変化がVR上での暮らしで生じることを示しています。
そのような変化は一体どこから来るのでしょうか?
特別性①:自分の身体みたいに動かせる
まず一つ目に、ツールが異なります。
VRを体験するためには、PCやスマホの他に必要なものがあります。
それが「VRヘッドセット」です。
上記の記事で概観的な解説が行われていますが、今回は技術的側面について解説していきます。
VRヘッドセットは私たちの頭・手の動きをVR上に映し出してくれます。
そのために使用される「トラッキング」という技術があります。
センサーを用いてヘッドセットやコントローラーの動きを感知するその技術を併せて使うことで、私たちの動きはリアルタイムでVR空間上に反映されます。
ヘッドセットとコントローラーのみでは頭と手しか動かせませんが、トラッカー等のツールを使用することで動かせる部分を増加させることも可能です。
つまり、自由度が非常に高いのです。
従来のアバターは、マウス等を使用して操作する関係上操作性には限界がありました。
しかしVR上でなら、私たちはアバターをほとんど自由に動かすことができるのです。
特別性②:脳が錯覚する
現実の自分の動きがVR上で再現されたとき、私たちの脳に変化が訪れます。
脳が「これは自分の身体だ」と錯覚してしまうのです。
心理学や工学の分野には「身体所有感」という言葉があります。
これは文字通り「身体を自分が所有しているという感覚」です。
より簡単にいうのならば、「この身体が自分の身体であるという感覚」です。
自分の身体を「自分のものだ」と感じる人は少ないと思います。
それは私たちが無意識的に自分の身体を自分のものだと認識できているからです。
言い換えると、私たちは常に無意識的に身体所有感を自分の身体に抱いているのです。
そして特定の条件の中では、身体所有感が自分以外のものに生まれることが実験で示されています。
ラバーハンド錯覚という有名な心理学実験があります。
その実験では、自分の手が見えない状態にした上で見える位置にあるゴムの手と自分の手と全く同じ刺激を同時に与え続けることで、あたかもゴムの手が自分のものであるかのような感覚が生まれてくることを示していました。
つまりゴムの手に身体所有感が抱かれたのです。
何故身体所有感が生まれたのかというと、それはゴムの手に対する視覚的な情報と自分の手に対する触覚的な情報が一致したからです。
ラバーハンド実験では私たちは自分の手を見ることができません。
ただ「触られている」という感覚だけが手に与えられ続けています。
そのような状態で、自分が「触られている」と感じている部分を全く同じようにゴムの手も触られているという情報を私たちは「見ている」のです。
そうすることで、脳が錯覚を起こします。
具体的に言えば、五感で得た情報を脳が統合する際に視覚と触覚の情報が統合され、「ゴムの手が自分のものである」という錯覚が生じるのだと考えられています。
つまるところ、
触覚「なんか触られてるよー」
視覚「私も手が触られてるの見たよ! なんだかゴムっぽかったけど…」
脳「あーじゃああれ自分の手なのかあ」
→ゴムの手を自分の手だと勘違い
みたいな認識で問題ありません。
こういった身体所有感の移行が2010年にはVR上でのアバターにも生まれることが確認されます。
2010年の実験では、VR上で見えている自分のアバターの身体の動きが自分の身体感覚と一致していても身体所有感が生まれることが示唆されています。
それだけではなく、2020年には東京大学が日常的な場面でも長期間使用しているアバターに対しては身体所有感が生まれることを示しました。
つまり、私たちがVR空間でアバターを長時間使用すると、身体所有感が生じる可能性が高いことが明らかになったのです。
これは今までのアバターには無い感覚であり、VRアバターが持つ特別性の中でも特に重要な部分であるといえます。
特別性③:VRアバターが私たちの行動を変える
VRアバターに対して身体所有感を抱いたとして、それで私たちの心理にどのような影響があるのでしょうか?
その一例として、「プロテウス効果」と呼ばれるものがあります。
これは一言でいえば「アバターの外見に応じて行動や態度が変化する」現象です。
既存の研究では、例えば
・アインシュタインのアバターを使うことで認知課題の成績が向上する
・ドラゴンのアバターを使うことで高所への恐怖が減少する
ことなどが示されています。
これらの効果はアバターの持つイメージに自己認識が引きずられることで生じるとされています。
アインシュタインといえば「頭がとてもいい」し、
ドラゴンといえば「空を簡単に飛ぶ」ことができます。
ならば、
アインシュタインの身体を持つ自分は「頭がいいはず」で、
ドラゴンの身体を持つ自分は「高所を恐れないはず」なのです。
これらの変化は化粧や服装が心理的に与える影響と類似したものであるとされています。
しかしVRアバターでは、肉体そのものも変化させることができるため、影響はより大きなものとなるでしょう。
とはいえ、プロテウス効果はあくまで外見に対して自分が抱いたステレオタイプに応じた行動を取るだけです。
近年プロテウス効果に対して批判的検討を行った文献も存在するなど、過信することはできません。
ただプロテウス効果自体というよりも、アバターにより私たちの態度や行動が変化していることが示された点は非常に重要だと考えられます。
既存のVR研究では、VR上での社会的な営みに言及したものは多くはありません。
ただ、アバター自体が心理に影響を与えているのであれば、アバターを用いた交流も同じく影響を与えると考えることができるでしょう。
まとめ:「理想の自分」を目指して
今回は理論的視点からVRアバターが持つ特別性について解説しました。
未知の部分が多いメタバース空間ですが、「新しい自分」と出会える可能性に満ちた世界だと言えると思います。
百聞は一見に如かず、まずは試してみませんか?
参考文献
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小柳陽光,鳴海拓志,Jean-Luc L,安藤英由樹. (2020). ドラゴンアバタを用いたプロテウス効果の生起による高所に対する恐怖の抑制.日本バーチャルリアリティ学会論文誌 25(1), 2-11.
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