『ファミ通』4代目編集長バカタール加藤が語る「あの頃」第1回『ファミ通』編集長から自分の会社『ハナペン』を立ち上げるまで - ガメモ

『ファミ通』4代目編集長バカタール加藤が語る「あの頃」第1回『ファミ通』編集長から自分の会社『ハナペン』を立ち上げるまで - ガメモ

『ファミ通』4代目編集長バカタール加藤が語る「あの頃」第1回『ファミ通』編集長から自分の会社『ハナペン』を立ち上げるまで - ガメモ

『ファミ通』4代目編集長のバカタール加藤さん。鼻にペンを挿して写真に撮られ、『ファミ通』でゲームにかこつけたオモシロ企画が掲載されていればこの人の企画でした。そんな『ファミ通』時代のエピソードや『ファミ通』編集長から現在の合同会社「ハナペン」の社長になるまで何をしていたかをバカタール加藤さんに存分に語ってもらいました。 とても1回では収まらない内容なので特別に連載の形でお送りいたします。

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  1. 1『ファミ通』から『Walker47』の人へ新生角川の象徴となる事業の担当に
  2. 2 「ニコキャス」「eスポーツ」「電ファミニコゲーマー」いろいろな事業の立ち上げに奔走
  3. 3自分のやりたいことだけをやるため「ハナペン」を立ち上げたものの…
  4. 3.1次回はバカタール加藤さんの『ファミ通』時代のエピソードと『ファミ通64+』編集長時代のエピソードを紹介します。

自分のやりたいことだけをやるため「ハナペン」を立ち上げたものの…

 竹下それでKADOKAWAを離れることになったんですね

加藤:はい。その頃にちょうど元TV局の知り合いから、ブロックチェーンの技術を使ったエンターテイメントのプラットフォームを立ち上げる企画の話が来ていたんですよ。

その新規事業の立ち上げから、プラットフォームを作ったあとに支援していくべきゲームの企画をクリエイターを集めてプロデュースしていくところまで、いっしょにやろうというお誘いがありまして。

新しい技術を使って、次世代型のクラウドファンディングの発展形を目指したっていうサービスです。

これをアジア全域で展開して、本社はシンガポールに作って出資を募って、プラットフォームの開発は中国で行う。もちろん日本のクリエーターにも参加してもらってゲームとアニメ、マンガに実写の番組とかも作っていくっていう事業でした。

それでその新規事業にTV局の人からその会社の役員になってほしいと誘われて、元々同世代の友人で、これはやりがいがあるサービスだな、とも思いましたし、大作のシリーズしか作れなくなっている日本のゲーム業界にとっても将来的にも必要だろう、と思いました。

竹下それでその会社に行かれたんですか?

加藤:実はその話以外にも、もうひとつ別の知り合いからメディアを立ち上げることになったんで、そこのアドバイザーをやってくれないかと頼まれたんですよ。

なら、このふたつの仕事を合わせれば給料は今より良くなるくらいだったし、それだけ貰えれば大丈夫かなって判断して、じゃあ辞めちゃえ~って(笑)。

そしてこのふたつの給料で家族は暮らしていけるから、もうひとつ本当に自分の好きなことができる会社を作ろうってことで、その二つの仕事とは別に『ハナペン』を立ち上げました。

ハナペン加藤氏

竹下いよいよ『ハナペン』の立ち上げの話ですね。

加藤:『ハナペン』の立ち上げまでをちゃんと説明するとこんなところですね。
『ハナペン』は元々自分の会社を持ちたいと思っていて、そこでは自分の好きなことをやろうと思っていました。家族を食べさせるためじゃなくて、バカタール加藤が楽しいことをやりますよみたいな会社でいいじゃんと思って作りました。

…だったんですけど、とんでもないオチが付きまして。

竹下何が起こったんですか?

加藤:さっき言ってたブロックチェーンの会社が1年契約で、1年後に結果が出たら仮想通貨と交換できるトークンをボーナスとして出すって話だったんですよ。

でも、ボーナスどころか毎月のお給料が、数か月後に振り込まれなかったんです。それで理由を聞くと、夏に資金調達をした直後に仮想通貨の相場がガクッと落ちたんですね。そのせいで資金がショートしてしまって日本法人の縮小が決まったので、その会社を辞めざるを得なくなってしまい…。

竹下それでは、もうひとつのアドバイザーの仕事が保険になった感じですね。

加藤:それがなんですよ。ブロックチェーンの会社を辞めた1ヶ月後に今度はアドバイザーの仕事をしていた会社も初めて赤字を出しちゃって、新規事業関連の出費を抑えることになり、年内で契約終了になりました。

それで会社を辞めた半年後にはふたつの収入が絶たれてしまってもう頭を抱えて、こうなったら『ハナペン』で稼ぐしかない!ってなりました。『ハナペン』として自分の好きなことだけじゃなく、お金になる仕事をちゃんとこなしていかないと家族も自分も野垂れ死んでしまうぞ、ということになりました。

竹下その時点では『ハナペン』は会社として動いていたんですか?

加藤:会社自体はあったんですけど放置していました。
その頃、東京中日スポーツさんに毎月、寄稿していたのでその原稿料や、たまに声がかかってイベントに呼ばれた出演料とかニコニコの番組の出演料とかを振り込んでもらっていました。

そうやって貯まったお金でギターとか買っちゃうぞって思っていて、『ハナペン』から毎月8万円を給料という形でもらっていました。自分のお小遣いだけ稼げればいいかっていう会社だったんです。
だけど突然、この8万円で家族を食わさなきゃならなくなって、そうなった瞬間にヤバいなってなりましたね。ボクは会社を辞めた後もすぐに次の会社が決まってて収入もあったから、失業保険とかもらってないんですよ。ちゃんと調べずに適当にやっていて…。

これは言っておきたいんですけど、失業保険とか行政の支援とかは調べておいたほうがいいですよ。

竹下半年で環境が激変しましたね…。

加藤:はい、ホントにビビりました。それでも年末に中国のイベントに呼ばれて日本のゲームの話とか、日本のゲーム市場とかクリエイターの動向の話とかさせてもらったんです。それで北京の日本大使館で催された日中友好イベントとかにもなぜか呼ばれてしまってね。『捨てる神あれば拾う神あり』でこんなふうに中国のイベントに呼んでもらえるくらいなら、そこで人脈を作って、日本と中国との間で仕事をすれば、なんとか食べていけるかなと思ったんです。なので中国のイベントなんかにも『ハナペン』で出展して、こういう事もできますよって中国語で『ハナペン』のサイトを作ったり、言葉がわからなくても紹介できるように動画を作ったりもしました。それがちょうど仕事がなくなっちゃう頃でしたね」

 竹下それでサイトや動画の反響はありましたか?

加藤:おかげで中国の人ともやり取りがチョコチョコあって、相談とか受けたりしたんですけどもそれが全然、収入に繋がらなかったんですね。お金の話になる前に連絡が来なくなるんですよ。まあ、自分が甘かったんですが…。そんなことだらけでした。

竹下そんな中国でも評判を呼んだ『ハナペン』の紹介動画を作っているのがイノテレさんなんですけど、イノテレさんといえばHuluのCMで見たんですけど。

加藤:あれ、これハナペンの紹介ムービーっぽいぞ? っていう動画が流れてますよね!? HuluのCMを見てて、あれ? どこかで見たことあるぞってなりませんでした!? あれすごい似てますよね!?

竹下会社の全員であのムービーを見てて、それからしばらくして加藤さんがFacebookで野球のシーンだけアップしてて、なんでかなと思っていたらHuluのCMの中の動画で流れててこれか!と」

加藤:結構、地上波で流れてますよねあのCM。家でテレビを点けっぱなしで仕事してるんですけど、イノテレさんの声が聞こえてきてあれ?って。ハナペンの動画にも野球のシーンがあるじゃないですか。 あれにかなり似た動画が流れてて、イノテレさん、野球のネタが好きみたいで。たぶん西武ライオンズの応援動画なんかも作ってるからだと思うんですが。面白いですよねイノテレさん。

竹下だから今、ちょっと加藤さんがキテるのかなと(笑)

加藤:ボクじゃなくてイノテレさんがキテるんです(笑)。イノテレさん結構、色んな所で使われててローソンのからあげクンの動画とか練馬区のPR動画とか、大手企業や官公庁系のWeb動画などもけっこう手掛けているんですが、地上波は流石にやってなかったと思うな。今回は地上波でびっくりしました。

竹下あの動画は非常によくまとまっていてすごく面白くて、あれを見て加藤さんのプロフィールがわかるようなわからないような(笑)

加藤:わからないですよね(笑)。「ゲーム業界の人です。あとは加藤に聞けって」(笑)。ざっくりじゃーん。左利きだけしかわからない。あのセンス大好きで。じつは、さっきお話したニコニコの「バカタール加藤の世界で一番役に立たないゲームch.」のPR動画もイノテレさんが作ってくれたんですよ。

※こちらはバカタール加藤さんがユーザー生放送で配信をしていた番組。なんと、こちらのPR動画もイノテレさんが手がけているのだ!

イノテレさんYoutubeチャンネル:パラパラマンガ取材班[innocenceTV]

 竹下『ファミ通』編集長から『ハナペン』が立ち上がるまではお話いただいたので、今度は『ファミ通』時代の話をお聞かせください。『ファミ通』って長年、浜村さんが編集長だったじゃないですか?『ファミ通』の浜村さんってゲーム業界の人でもなかなか会えない人というイメージがあるんですけど、そんな浜村さんの後に編集長になったのは、どういう経緯だったんですか?

加藤:ぼくもずっと浜村さんを見て育ってきたんで、まさかあんな大変そうな仕事を自分がやることになるとは夢にも思っていませんでした。ボクが『ファミ通』に入ってきた時は、まだ浜村さんはヒラの編集だったんですけど…。<次回へ続く>

集合写真

次回はバカタール加藤さんの『ファミ通』時代のエピソードと『ファミ通64+』編集長時代のエピソードを紹介します。

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