【インタビュー】ひたすらに優しい、新しい世界。長野の若き天才が描くメタバース 伊藤克 (株式会社雪雲)
「VR酔いしないVR技術」である『VRun System』を作り、メタバースの実現に向けて取り組む会社が長野にある。株式会社雪雲。彼らの持つ革新的な技術は、何を目指し、どんな世界を創るのか。『VRun System』の開発者であり雪雲のCEOである伊藤氏に、お話を伺った。
株式会社雪雲 伊藤 克
Web系・デジタル電気回路設計の技術者。
国立信州大学教育学部村松研究室とFabLab-naganoの講師を務める。
<ご経歴>
1995年 長野県生まれ 26歳。
2012年 第23回全国高等専門学校プログラミングコンテスト自由部門 全国大会に出場。
2017年 信州未来コンテスト0(U29部門)に出場 総務省信越総合通信局長賞・KDDI賞を受賞。
2018年信州未来コンテスト0(U29部門)に出場 長野県知事賞を受賞(優勝)。
2017年-2019年 株式会社アソビズム Web・デジタル回路設計を担当。
2019年10月 株式会社 雪雲を設立
<公式HP>
https://yukigumo.com/#hero
「世界を変えられる技術で、社会に恩返しがしたい」起業に至った思い
インターネット上に生まれる仮想の世界、メタバース。
言葉自体は1990年代からありましたが、2021年後半からにわかに注目を集めるようになった概念です。
3DCGとVRの技術で表現されることの多いメタバースですが、完全なメタバースの実現にあたっては、課題も多くあります。
その中の一つが、いわゆる「VR酔い」です。
一般的には、VRゴーグルを装着しVR映像を見たとき、乗りもの酔いに似た症状が起こる状態を指します。
そんな「VR酔い」を解決する技術を持った会社が、日本の長野にあります。長野県長野市に本拠地を置く、株式会社雪雲です。
同社の持つ技術である「VRun System」は、生理学的なアプローチでVR酔いを抑える技術です。
今回の取材では、同システムの開発者であり、雪雲CEOでもある伊藤氏に、お話を伺いました。
ーーーご経歴を拝見しますと、伊藤CEOは「根っからの技術者」というイメージがあります。
伊藤「自分の実力がどうかは分かりませんが、関心に関しては昔から高くて……小学校3年生ぐらいからですかね。技術的なことに興味を持つようになりまして、今でも(関心は)高いです。」
ーーー数ある技術の分野の中で、VR・メタバースの世界で起業しようと思ったのは何故でしょうか?
伊藤「まず『VRun System』を作ったんですよ。VR酔いするのは良くないので。そしたら、意外と『VRun System』と同じことをしている人がいなくて、可能性を感じました。世界を変える可能性のある技術なんだったら、やれるところまでやってみたいと思ったのがきっかけです。」
ーーー『VRun System』をライセンス売りするのではなく、会社を作るという選択をされたことも気になります。
伊藤「そうですね。『VRun System』をライセンス売りして終わり。に、したくなくて。どうせだったら継続的にマネタイズできて、しっかりと社会に還元したり、クリエイターだったりとか、技術者だったりとか研究者だったりとか、あらゆる人に良い影響を与えるような存在にしたいと思ったんです。」
伊藤「そうなったときに、会社を作ったほうが強い。絶対1人ではどこまでいっても無理だと思ったので、組織を作る必要性を感じました。組織を作るなら、最もノウハウのある株式会社という形態が良いと思って、株式会社にしました。」
メタバースは「コミュニティが重要」変わるのは人とのつながり方
ーーーメタバースを実現するにあたって、どういうことを大事にしていらっしゃいますか?
伊藤「(良い空気の)コミュニティが大事だと思います。(メタバースの本質は)人との繋がり合いの形が変わっていくことです。どうせ変わっていくんだったら、人とのつながりが感じられて、それが楽しいと感じられるものを作りたいです。」
ーーー現在、MMORPGという形で開発を進めているのは、そういった背景があるからですか?
伊藤「そうですね。そもそも他のゲームを売るんじゃなくてMMORPGにするということは、メタバース上での人との関わり合いを楽しんでほしいから。もちろん技術のデモンストレーションとして『こんなにたくさん人が入れるんだよすごいんだよ』とか、『この世界綺麗でしょ?』とかも良いのですが、メタバース上での人との関わり合いが楽しみの一つになればよいなと思っています。」
伊藤「あとは、MMORPGにいる人って、なんだか優しいイメージがあるので。そういった優しい人がたくさん(メタバースに)入ってきてくれたら、メタバースの中の文化にいい影響を与えてくれるんじゃないかと思っています。」
雪雲は、現在「The Connected World」のフェーズ1として、MMORPGの開発を進めています。
「ゲームはメタバースと相性が良い」と言われておりますが、伊藤CEOは単純なゲームとメタバースの相性のみを考えて開発を進めている訳ではありません。
伊藤「ゲームはですね。メタバース、『The Connected World』を構成する『Metaverse Engine』のデモンストレーションみたいなものなんです。それと同時に、(MMORPGを作れば)我々もゲームからフィードバックを得られる。色んな目的があります。」
『VRun System』は「手振れ補正」のようなもの
ーーー技術についてもお伺いしたいです。『VRun System』はVR酔いしづらいと言われておりますが、どういった仕組みなのでしょうか?
伊藤「今までのVR酔い対策は、ベクション(視覚情報によって移動しているような感覚が引き起こされてしまう現象)を減らすという工学的なアプローチをとっていたと思います。ですが、『VRunSystem』は、ベクションを脳に許容させる生理学的なアプローチでVR酔いしないようにしています。『手振れ補正』のようなものだと表現する人もいます。」
ーーー……具体的にはどういうことなのでしょうか?
伊藤「今、『VRun System』は特許を出願してるんですけど、あれって『どうやってやっているか』だけしか書いてなくて、『何にどう作用しているか』は書いていないんですよ。だから、雪雲という会社を守るためには、公開するのは難しいなと考えています。」
伊藤「本当は言いたいんです(笑)もう、こんなに面白いすごい技術なんだよって。この手法を使えばいろんなことできるんだよって。」
伊藤「ある意味、世に全てを公開するという方法もあったんですけど、公開しないという選択肢を取った理由は、私は私なりの責任を持って社会に物事を回して還元したいと思っているからです。そこは、私を中心に考えたところがあったので、(考案者として)その責任は負いたい。なので公開する訳にはいかないという感じですね。」
ーーー『社を守るため』という点と、『自分の手、自分の責任で事業をやりたい』という点。この二つが理由ということですね。
『VRun System』を体感する動画
とはいえ、「生理学的アプローチ」という言葉だけではなかなかイメージしづらいと思います。
そこで今回は、Youtubeで公開されている『VRun System』の動画をもとに、『VRun System』のすごい点を体感していただきたく思います。
こちらの動画のエリア、実際に筆者もVRゴーグルをかぶって体験させていただきました。
まず、15秒あたりから始まる石灯篭のシーンに注目。
岩肌がものすごいリアルに表現されています。まずここに感激していただきたい(筆者の願望)
そして25秒あたりの階段を上るシーン。
階段を上るときの小刻みな上下移動が見えます。この動き、普通のVRでは難しいそうです。
ちなみに筆者はこの小刻みな動きに初回で気付き、伊藤CEOから「良く気づきましたね‥‥」と褒められました。
それ以外にも、このエリアでは空を見上げると、かなりリアルな木漏れ日と照らされた葉っぱを見ることができます。(残念ながら動画にはないですが……)
そこは、MMORPGのリリースをお楽しみに、ということで。
ほかにも、雪雲公式サイトでは、3本のデモ動画が公開されておりますので、ぜひご覧ください!
創造性と柔軟性を大事にする「モノづくりを楽しむ」組織
ーーー会社を経営されるうえで、こういう組織にしたい、という想いがあれば聞かせていただきたいです。
伊藤「どうなっても対応できるような組織を作りたいです。技術力の生産という意味ではなく、(未来がどんなふうに変わっていっても)うまくやっていける。そう思えるような組織体系にできればいいなと思っています。」
伊藤「個々に考え方を押し付けるんじゃなくて、みんなでやってきたことを積み上げて結果的に、いろんなことに対応できるような組織になって、その対応した結果が世界をより楽しいものにする。明るいものにするような組織になってほしいと思う。」
ーーー社員自身が楽しいと思えて、主体的に関わっていけるような会社にしていきたいということですね。
伊藤「そうです。結果的に、社員全体もいろんなことに対応できるマインドを持ってくれればいいだけで、『こうやったら楽しいよね』とか『ああやったほうが楽しいよね』って言いえるような組織にしていきたい。今は(会社が)まだ発足段階なので、そこまではいってないですけど、未来を見ている先はそこです。」
ーーーお話を伺っていると「人のために役に立ちたい」という思いやコミュニケーションをすごく大事にされていらっしゃるとお見受けしております。そう考えるに至ったきっかけはあるのでしょうか?
伊藤「昔の話ですが『私は恵まれてない』と思っていたんですよ。実態がどうであれ。私は何も持ってないと思ってたし、何かのせいにしてきました。しかしある時に、(私は)人に感謝することを覚えたんです。『私はいろんな人たちの影響を受けて今ここにいるんだな』と。」
伊藤「誰かが服を作って、誰かが食べ物を提供してくれて、コンピュータだって誰かが作ったものの上に乗ってて。もちろん衣食住もそうだし、お医者さんとかもそうだし、コンピュータインフラだってOSSっていうオープンソースソフトウェアで大量の人がリソースをつぎ込んだものの上で動いたりとかするわけですよ。だから1人で生きてないわけで、誰かに感謝しながら生きていく方が、なんか僕にはすごい合ってたんですね。」
伊藤「そういう考えに至ってからは、私は社会に対して恩を返し続けたいと思ったし、後世に対しても何かを還元したいと思ったんです。」
伊藤「これからメタバースが普及して、現実世界とメタバースの垣根がだんだん低くなっていきます。私たちはまずメタバースで世界をより良いものに変えていくことに取り組みますが、『メタバースの先』も視野に入れています。それがどうなるかはまだ明確にわからないけども、そういった世界だったときにも、ちゃんとみんなで支え合えるような組織があって、そんな素敵な組織が長野にあって、日本にあって、良いバタフライエフェクトを起こしていくことも、それは楽しいんじゃないかなと思っています。」
技術者であり、経営者でもある伊藤氏と、株式会社雪雲。
『VRun System』の革新性が取り上げられることの多い同社だが、取材の中で見えてきたのは伊藤氏の描くメタバースの姿と組織の考え方だった。
伊藤「『VRun System』っていうのは、悪くも力の一つであると思うです。技術という力。(この技術は)世界を変える影響力があると私は思っているので、どうせ(技術を持っているん)だったら、いい方向に使った方が楽しいよね、という風に、皆がおもってほしいです。」
長野から動き出す新しい技術が描く未来と組織は、とても優しい。